インクルーシブな遊び場の作り方

先日,「インクルーシブな遊び場」というフレーズに出会いました。

どうやら主には公園設計の話で,誰でも使える公園にしようというものでした。ユニバーサルデザインです。「誰でも」に関する説明はほとんどないのですが,多くの場合は「障害の有無にかかわらず」という意味で使っているように思います。

公園という開けたパブリックな場所も,ユニバーサルデザインを意識して作らないと,generalな人しか使えないものになりがちということなのですね。

もちろん,このような配慮は大切です。

しかし,どれほど考えに考えて,想定して,準備しても,立地や資金などに制約があるかぎり,完全にインクルーシブな設計というのはありえません。
必ず,大なり小なりの取りこぼしができてしまうものです。

そもそも設計段階で,あらゆる状態の人を想定できている保証もありません。この世の人々のあらゆる文化,あらゆる特性,あらゆる背景・・・想定できるはずありません。

多くの方はそれらの限界を分かったうえで,「よりインクルーシブな」状態を目指しているものだと思います。

そう思いますが,言葉上でも「インクルーシブな遊び場」と言い切られてしまうと,そこで取りこぼされている人たちのことをどう思っているのか,少し気になってしいます・・・。

あらゆる人を想定して準備することは不可能なので,むしろ,最初に準備しすぎないことこそ大切かもしれません。

私は「インクルーシブな遊び場」は,今ここにいる人たちに合わせて,カスタムメイドで作っていけばよいと思っています。

今ここにいる人たち,ここの一人ひとり全員が遊べるように場を調整すれば,それは間違いなく「インクルーシブな遊び場」になっているはずです。

公園は不特定多数の人が利用する場で,そして規模も大きいため,一人ひとりに合わせてカスタマイズするのは無理難題と思いますが,一方で学童保育のような,契約した特定の人のみ利用する場は,「今ここにいる人たち」がハッキリしています。空間の規模も小さめです。保育所や学校も同じですね。

こういったところでは,「今ここにいる人たち」の状態を理解して,その人たちに合うように柔軟に環境を調整していくことが,本当のインクルーシブだと思っています。

そして,人は,体調や状況など本当に日々変化します。その変化に応じて,環境も変化させ続ける必要があります。

一言でいえば,「フレキシブル」。それが,インクルーシブに必要な条件だと思っています。

私たちの学童クラブ(いきちか学童クラブ)は,今は休止しておりますが,上記のように,一人ひとりの状態を見極めること,その状態に適した環境や遊びを提供することを大切にしていました。

インクルーシブな遊び場というは,そういうところだと思っています。

そしてそのような場を作り続けることは,もちろん大変な作業です。

一人ひとりの資質と研鑚,チーム内の細やかな情報共有やカンファレンス,外部専門家との連携など,必要なものはたくさんあると思いますが,それらの小さな積み重ねを経て,本当のインクルーシブな社会が実現する日を,心から願います。

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